MY DEAR

わかりやすく説明いたします。

平松愛理

平松愛理の簡単なプロフィール

平松愛理

1964年3月8日生まれ。神戸市須磨区出身。

1992年に「部屋とYシャツと私」でミリオンセラー 1993年にアルバム「Single is Best」でミリオンセラー 1994年編曲家の清水信之氏と結婚するが2005年離婚 1996年に娘を出産、2001年に乳がん発覚。治療に専念し、 2004年復帰。2019/8/28 部屋とYシャツと私~あれから(続編)リリース 2021年6月16日「BLUE MOON」7月に「白夜」8月に「ピラフになりたい」配信リリース 2021年10月27日に花見桜こうきさん「ピンチャン行進曲」の作曲を提供。 平松OFFICAL YOUTUBE
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MY DEAR

管理人

MY DEAR

平松愛理の3枚目のオリジナルアルバム。1990年12月15日発売。39万枚で、チャートに50週居続けた ロングテイルのアルバム。ピークは21位だが、1年のインターバルをおいて、2回ピークを 迎えた珍しいアルバム。発表された当初は「素敵なルネッサンス」が入っているアルバムとして 一度目のピークを迎えたが、「部屋とYシャツと私」がじわじわ有線でリクエスト入り、このアルバムが 再注目されはじめ、「部屋とYシャツと私」のシングルカットで2度目のピークを迎えたアルバムである。

管理人

清水信之氏

MY DEARから平松愛理の憧れの編曲家であった清水信之氏が編曲を担当するようになる。一部の曲を除く。 清水信之氏が加わったことで、平松愛理はプロアーチストとして伸びたと言われており、平松愛理の恩人ともいえる。 のちに、1994年に結婚するが2005年に離婚している。編曲に関しては信頼しているが、ただ、細かいこだわりは 違っており、「エレベータアクシデント」は冒頭のじゃじゃじゃーん。の音がオーケストラヒットのような アレンジが好きではなく、変えて清水氏に怒られたというエピソードもある。

管理人

ジャケット(歌詞カード)

表紙は白黒の平松の顔のアップというある意味、インパクトあるジャケット。ただ、これにもエピソードがあり、 当時の販売責任者は「遺影のような写真にしやがって!」と怒ったとか。ただ、結果的に商売として成功 していることから結果オーライではないだろうか。そして、歌詞カードは、今となっては貴重である。 平松愛理、ご本人が書いた、短編小説が歌詞カードの中に入っているからだ。これもエピソードがあり、 本人は誰が小説書いたかわかるだろうと想い、小説の筆者を入れなかったが、身内に誰が書いた?と言われる ことに。このサイトでは、敢えてその小説の部分は出さないので、もしそれが読んでみたいという方は CDとして購入してみたらいかがだろう?ネットショッピングでまだ、購入可能だ。

管理人

一番最初に売れたアルバム

平松愛理の成功はこのアルバムから始まった。そして、「部屋とYシャツと私」が入っているオリジナルアルバム。 もし、興味でたら、購入してみてはいかがだろうか

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